作品の背後に、彼の人格を見る 
       
ー中地昭男著 『房総美術の往還』抄ー

 
柳の画業の形成には、二つの大きな要素が考えられる。
 まず、小学校時代、中学校時代と優れた人格者でかつ精神的な生き方を重視するよき師に恵まれて、その画才を伸ばす道に進むことができ、米国苦学期には、人体の素描・デッサン、加えて油彩技術を徹底的に身につけ、将来、肖像画・人物画を描く画家としての深い素養を培ったことである。

 
次に、そのことと表裏一体となることであるが、肖像画・人物画描写の根底に横たわる人間洞察の契機として、中学校時代からといわれる、柳の誠実なキリスト者としての人生の在り方である。
 一般的に、画家は技術のみが高く評価されて、画家の人間性が問題にされることは少ないが、柳の場合、むしろこの後者の比重が非常に高く、両者は相拮抗している稀有な例ではあるまいか。

 
海外遊学から帰国した後の明治44年、郷里の友立川二郎にあてた手紙の中で次のように認(したた)めている。

 「抑(そもそ)も芸術品の鑑賞は作画を透してその背後に隠れたる作者(の)人格を見ることに最も興あることと存せられ候。如何なる作画とは申せ冷然観察いたせば只単に画布と顔料のみ、実在にあらず、生命もあらず一辺の区々たる物質に過ぎ(ず)と存じ候。作者がある仮象を透して表顕したる生命一端の影響に過ぎず、仮象そのものが作者の意と合したる震動のみ、仮象そのものが価値あるにあらずして、背後に潜む真実の動きこそ芸術として尊重すべきものと日頃愚考いたし居候」