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行革時評

中曽根元首相の憲法改正論と民主党

事務局長 並河 信乃
2003/10/24

 道路公団の藤井総裁問題に次いで、中曽根元首相の引退勧告でも小泉首相はてこずっている。要は、ひとに対する接し方の問題で、古風にいえば「礼を失している」ことが問題を一層こじらせているわけである。政治とは説得であり、そのためには誠意を示さなければならない。小泉首相にはそれが根本的に欠けていることは間違いない。

 それはともかく、今回の騒ぎの中で、中曽根氏が憲法改正、教育基本法改正が目前に迫っていることを引き続き議員活動を続ける理由として掲げたことは重要である。自民党はその選挙公約で5つの宣言を示し、その中で「国の基本を見直す」として、2005年に憲法改正案をまとめることと教育基本法の改正を掲げている。自民党が憲法改正を選挙公約に明確に掲げたのは初めてのことである。ついでにいえば、民主党の公約の前文にも「論憲」から「創憲」へと発展させるという記述はあるが、抽象的で歯切れは悪い。総選挙で争われるべき課題は、高速道路や郵貯問題ではなく、まさに憲法に集約される「国のあり方」の問題だろう。

 ところが、民主党の菅代表は23日、都内の街頭演説で「中曽根氏は尊敬に値する政治家だ」と述べたという。小泉首相の手法を批判するのはいいが、民主党代表が中曽根氏を尊敬していいのだろうか。民主党は、今回の騒ぎを選挙目当てのパーフォーマンスと批判したが、菅代表の発言も所詮、選挙目当てのパーフォーマンスではないのか。85歳になる中曽根氏が執念をもってめざす憲法や教育基本法の改正が、今の自民党の目指す方向と完全に一致しているのかどうかはよくわからない。しかし、菅氏が中曽根氏を尊敬するということは、中曽根氏がやろうとしていることに対する警戒感、危機感がないということになる。これでいいのかということである。

 今より20年程前、中曽根氏は首相として「戦後民主主義の総決算」を声高に唱え、行革を進めていた。しかし、戦後民主主義とは総決算されるべき対象ではなく、総決算されるべきは戦後民主主義を機能不全に陥らせた官僚制度だろう。つまり、戦後民主主義は総決算ではなく再構築されるべきであり、行革とはそのための有力な手段ではないか。憲法を論ずるとすればそうした観点からの議論が不可欠だろう。民主党の「脱官僚宣言」はそうした基本論が抜けているのである。

 民主党が、今回の選挙の争点のひとつが憲法問題だと認識していれば、また、その内容は国家主義ではなく民主主義の復権であると認識していれば、中曽根氏を尊敬するなどという軽々しい発言は生まれなかっただろう。中曽根氏は2000年3月の「日本国憲法制定論」で、「私と鳩山代表は憲法改正や首相公選では一致するのに、なぜ自民党と民主党に別れて対立しなければならないのか。あるいは鳩山代表と横路孝弘氏が憲法や国旗・国歌という問題でちがうのに、同じ民主党にいるのか。一般国民には非常にわかりにくくなっていると思います」とか、「今日、池田首相の流れを受け継いでいるのは、宮沢喜一大蔵大臣でしょう。憲法改正を唱える私は、鳩山・岸と思想的に同一の系統にありますが、民主党の鳩山由紀夫代表も同じです。鳩山代表が祖父の考えを受け継いでいることはきちんと理解されるべきです」と書き込んでいる。その鳩山代表を押さえて代表となった菅氏としては、気軽に中曽根氏を「尊敬」している場合ではないと思うのであるが、どうであろうか。また、中曽根氏がハト派と認めた宮沢氏の引退にも、一掬の涙をそそぐべきではなかったのか。