昔、秋元村日笠(現君津市)に長者どのが住んでござった。

        ある日、長者どのの娘が鹿野山へお参りしての戻り道、空
        から鷹が舞いおりて来て、鋭い爪をたて娘を奪い去ろうと
        した。娘と鷹が、必死になって争っていると、藪の中から
        ゴリゴリ、ゴリゴリと音を立てて大蛇が現われ、鷹をめが
        けてプーッと火焔を吹きつけた。大鷹はたまりかねて、娘
        を放し、杉林の空高く逃げ去った。

 数日後、見かけない縞のきものの小粋な若者が、長者どのを訪れ、「おらは大蛇だ、おらは助けた娘に一目惚れして、ウロコがかゆくてかなわねェ、あの子をおらの嫁にくんろ」と云いだした。長者どのは困ってしまって、「ほかのものならなんでもやるが、娘だけはこらえてくれ」と泣いてたのんだ。大蛇は恨めしそうな眼をして、「必ずもらいに来るからな」と言い捨てて立ち去った。

 その晩、長者どの一家が厳重に見張っていると、丑みつ刻、屋鳴り振動してすさまじい大蛇があらわれ、立ちはだかる長者一家の人々に毒気を吹きつけて追い散らし、娘の部屋をぐるぐるぐるぐる七巻きした。そして真っ赤な舌を出して、「娘をくれ、娘をくれ」と云いながら、プーップーッと火焔を吹きつけた。娘はもうこれまでとすっかり覚悟して、「南無地蔵尊、み心のままになさしめ給え」と祈った。





 すると、驚いたことに何百何千何万という沢蟹の群れがどこからともなくあらわれ、大蛇の、頭に、胸に、尻ッ尾にかじりつき、大格闘となった。山の空がほのぼのと白みそめたころ、ついに大蛇はたおれた。蟹の群れにもおびただしい犠牲が出た。

 長者どのは娘を救ってくれた蟹の群れを供養するため、日笠の延命寺に蟹塚を建てた。土地の人はこれを「カニマンド」と呼んでいる。

君津風土記   民話編より

日笠のカニマンド