君津風土記   民話編より

『野村の旦那と平六』

 市宿村(現君津市)の秋広平六(1757〜1817)は農村生まれの冒険商人として有名である。市宿では馬鈴薯を平六芋と呼ぶ。

 この平六が若い頃、伊豆大島から久し振りで故郷へ戻ってきた。正月なので年賀の礼をかねて土地の分限者野村様の屋敷をおとずれた。そこで野村の旦那に、「どうしたら金持ちになれるか」たずねてみた。平六があまり熱心にたのむので、「あすの朝妙善寺の六っの鐘が鳴ったら台所へやってこい」といってやった。

 翌朝、台所へ行くと、「その井戸から、つるべ桶で、四斗だるへ水をくみこめ」と旦那に言われた。平六がいくら水をくみこんでも水がたまらないので、ふっとのぞいてみると四斗だるはそこが抜けていた。それでも夕方までガラガラ、ザアッと水くみを続けた。野村の旦那は、「今日は日が暮れたから、またあす来い」と言った。

 翌朝も妙善寺の六っ鐘を合図に、野村様の台所へ行くとまた水をくめという。ヒョイと平六が四斗だるをのぞくと、やれ嬉しやチャンと底がある。喜び勇んでつるべに手をかけると、今度はつるべ桶に底がない。それでも、我慢をして底のないつるべ桶で、朝から夕方まで早春だというのに汗を流して水をくんだ。今日の四斗だるには底があるので、底が抜けたつるべ桶からタラタラとしたたり落ちるしずくがたまって、夕方になると、四斗だるの底に五センチ位の水がたまった。旦那は平六を座敷に招いてこう言った。

 「金を儲けてもナ、使ってしまえば底のない四斗ダルと同じだ。ところが、四斗だるに底があれば、底のないつるべ桶でくみこんでも、いつか、つもりつもって水がたまる。わかったか、平六、金持ちになるには入って来たものを出さぬに限る」

 平六は、かつ然として金持ちになる秘訣を悟った。