「松本新吉・柳敬助展」を振り返って

                                     君津市文化のまちづくり市税1%支援事業
                                         松本ピアノ・オルガン保存会
                          会員 人見庵
 


                  松本ピアノ八重原工場が閉鎖される情報が伝えられたのは、平成18年暮れ
                 も押し迫った頃であったと思う。

                  ここ数年間、文化財審議委員会の方たちのご尽力に期待しつつ、ピアノ・建
                 物を含めた保存を訴え続けてきたが、諸事情により翌年4月、市街地で唯一の
                 大正ロマン漂う文化遺産価値が高い貴重な洋館を含む敷地は売却され取り壊し
                 の運命になることを知る。

                  こうした状況下、文化財審議委員の方から『君津市が国産ピアノ製作者生誕
                 地であることが市民にほとんど知られていない。小糸川倶楽部の活動成果を活
                 用し、情報を共有する場を設けては』との提案があった。

                  急遽話がまとまり昨年1月26日から1ヶ月間、君津市中央図書館1階ギャ
                 ラリーで開催することになり場所の予約にいった。この期間予約を入れていた
                 グループが都合でキャンセルしたばかりで空き状態。偶然とはいえ幸せの女神
                 は我らを見捨てなかった。幸先の良いスタートとなる。

                  こうして「松本新吉・柳敬助展」を開催する運びとなった。松本ピアノを取
                 り上げることが目的であったが、明治中葉期に著名な画家や小説家、政財界人
                 との親交があり、中央画壇で活躍した地元出身の洋画家柳敬助の功績もほとん
                 ど知られていないことから、あわせて紹介企画した。

                  企画展は予想以上の大きな反響を生む。参加者数は1ヶ月で3,000人を
                 超え、君津にピアノ工場があったことや常代が生誕地であったこと。また、柳
                 敬助という洋画家がの出身者であったことなど、君津にこのような人物がい
                 たことを知らなかった。というご意見や感想、驚嘆の声が多く寄せられた。

                  この活動は千葉日報、毎日新聞、東京新聞などで報道。さらに、NHK千葉
                 放送局で取り上げられ、「ピアノの歴史 次の世代に」のタイトルで首都圏ネ
                 ットワーク番組(平成19年3月28日)の中で1都6県に放映された。

                  柳敬助に関しては、安曇野の碌山美術館発行の冊子に収録された油絵図版を
                 コピーし展示使用させていただく許可依頼したことやお礼を兼ねて碌山美術館
                 を訪問し学芸員にお会いしたこと。そして何より感激したことは、学芸員から
                 連絡を受けたお孫さんがわざわざ神奈川県平塚市から参観に来られお会いした
                 ことなど、など。今思うと素晴らしい出会いがあり思い出一入の感がある。

                  活動の成果、反響は報告書として直接君津市長に手渡された。今回の活動の
                 みならずこれまで訴え続けてきた「君津市に文化財、文化遺産を保存・展示で
                 きる場所を確保したい」との小糸川倶楽部夢構想も同時に伝えられた。市長か
                 ら市民グループの活動や熱意に対する感謝の言葉があり心に強く刻んだ。

                  松本ピアノ工場閉鎖、取り壊しという事態が引き金になり結果として市民へ
                 の知名度向上。ピアノ・オルガン市へ寄贈につながったが、遅きに失した感否
                 めず。しかし、活動が生誕の地を破壊しつくすこと無く、オルガン・ピアノが
                 残ったことだけでも感謝したい。これらを生き証人として後世に語り継げるよ
                 う心していきたいと思う。改めて小糸川倶楽部創立時の精神「慌てず、急げ
                 を実感した。これからは時との戦いでもあるのだろう。

                  この企画が、松本ピアノへの関心を高めることとなり、八重原公民館や生涯
                 学習フェスティルでコンサートが開催され市民の注目を集めた。小集団のささ
                 やかなサークル活動が大きなうねりとなって、一大センセーションを巻き起こ
                 したのである。これを一過性の流行病で終わらせてはならない。

                  「松本新吉・柳敬助展」の延長線上に見えたものは何だろうか。「松本ピア
                 ノ・オルガン保存会」発足がそうなのかも知れない。そのまた向こうを展望し
                 た時何があるのだろうかと想像する。これを足がかりにいつの日かふるさと君
                 津を「文化不毛の地」から脱却させなければならない。それが達成されたとき
                 ふるさとを愛する一市民として、我々の使命が全うされたといえる。

                  『物事は理屈どおりにいかない』という言葉がある。物理学者で随筆家の中
                 谷宇吉郎先生は『物事は間違った理屈どおりにはいかない』と、著書の中で反
                 論されている。つまり『物事は理屈どおりにいく』のである。

                  我ら『朽ち果てること無かれ 朽ち果てさせること無かれ』。荒唐無稽な遠
                 大なる計画が俄かに現実味を帯びつつあることに感謝しつつ、線香花火の灯を
                 消さないよう夢の実現に向け次なるステージへと展開していきたいと思う。


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