1997年8月5日

 国鉄改革の仕上げに向かって

 (社)行革国民会議
民営化研究会
  (座長) 鈴木 良男 旭リサーチセンター社長
      竹下  譲 神奈川大学教授    
      竹中 一雄 国民経済研究協会顧問 
 (主査) 並河 信乃 行革国民会議事務局長 
      松原  聡 東洋大学教授     
       宮脇  淳 北海道大学教授
      

   1 10年間の総括

   2 国鉄改革の基本線

   3 具体的提案
      @ 累積債務の利払いは一般会計で処理
      A 一般会計の財源は、改革の果実の中から
      B 元本の返済は国の資産売却で
      C 新たな整備新幹線建設は凍結
 


1 10年間の総括

 

 「全国が一つの線路で繋がっているのに、わざわざ6つに分断する」― 一般の人の常識を覆す国鉄改革が行なわれたのが1987年、今から10年前である。「はたしてうまくいくのか」― これは、改革を押し進めた政府や、国鉄の当事者自身も抱えていた不安であった。

 

 この10年を振り返り、ひとことでいえば、この改革は成功したといってよいだろう。JR東日本、東海、西日本の本州3社のうち、すでに東日本と西日本は株式を上場し、東海も今年度中に上場の予定である。学生の就職人気ランキングでも、これら各社は上位に並んでいる。

 

 また、JR北海道、四国、九州といった3島会社も、毎年、運賃値上げをしなければ経営が成り立たないと想定されていたが、96年までの9年間、値上げをせずに経営を続けてきた。96年からの値上げも、3島会社の経営を安定させるための経営安定基金の運用益が、極度の低金利のために目減りしたことが大きな原因である。本州3社はもちろん、こうした3島会社でも新鋭車両が投入されダイヤも増やされ、乗客の利便性は大いに高まった。

 

 このJR10年の経験は、民営化、つまり経営に自己決定権を与え自己責任原則を貫徹させることが、いかに経営に活気を与え、当初の予測を越えた効果を生み出すかをまざまざと示すものである。

 

 もちろんこの間、未解決のままの問題もあるし、新たに発生した問題もある。未解決の問題のなかで最大のものは、国鉄清算事業団に長期債務が累積し、その解決のめどが立っていないことである。この解決ができなければ、国鉄改革は終了したことにならない。新たな問題のなかで最大のものは、整備新幹線の建設問題である。一時沈静化した政治家による我田引鉄の動きが、最近激しくなっていることは、憂慮すべき事態である。これらの問題は、もしその処理を誤れば、これまでの改革の成果を一挙に帳消しにしてしまうことになりかねない。

 

 これまで先延ばしにされてきたこれらの問題は、いよいよ今年中には決着をつけるべき段階になったが、その解決策はこれまでの国鉄改革の基本線をふまえ、改革をさらに前進させるものでなければならない。
 

 

2 国鉄改革の基本線

 

 問題解決の途を具体的に探るまえに、国鉄改革にあたってとられた分割民営化という考え方の基本を確認しておく必要がある。

 

 分割民営化の基本とは、要約していえば、まず民営化することにより政治との関係を断つとともに親方日の丸意識を払拭し、さらに分割することにより内部の財政調整を最小限にして、自立自助の精神を貫徹することである。

 

 また、政府と民間との責任領域の明確化が分割民営化を含めた土光臨調以来の行革の基本方針であった。民間は安易に国に依存することをやめるとともに、一方、国は自ら負うべき責任を負わなければならない。

 

 これらに共通して流れているものは、国鉄が政治のおもちゃとなって経営を破綻させられたという苦い経験である。そこから立ち直るために、大幅な人員整理は配置転換など多くの犠牲が払われてきた。いままた、この愚を繰り返すことになれば、これまで積み重ねられてきた多くの人々の努力と苦労は踏みにじられることになる。

 

 

 

3 具体的提案

 

@ 累積債務の利払いは一般会計で処理
 
 

 清算事業団に累積している長期債務の処理にあたっては、これ以上の債務の増加を防ぐことを第1とすべきであり、利払いのための借入は即刻やめるべきである。 97年度の事業団の資金計画によれば、債務償還が4兆円(うち元本返済が約3.1兆円、利子0.9兆円)、それに共済年金負担や用地対策費など5000億円、その他も入れて合計4.7兆円の支出である。これに対して収入は、鉄道整備基金からの収入1100億円、それに株式と土地売却で1.4兆円、あわせて1.5兆円が事業収入で、あとは補助金が400億円、借金3兆円(長期借入金2.1兆円、債券発行0.9兆円)となっている。

 

 この資金計画を見ると、事業収入で利払いと共済年金や用地対策費などを賄い、長期債務は借り換えという形であるが、株や土地が計画通り売れなければその足りなくなる分は借入が増えることになる。

 

 問題は、仮に97年度がこのような計画通りに進んだとしても、清算事業団の手元にある土地や株式は、大きく見積もってあと4〜5兆円程度にすぎず、これを全部売り払ってしまえば収入は新幹線収入1000億円程度になってしまうことである。これでは、とても毎年1兆円近くになる利子は払えず、これを借り入れで賄えば借金が借金を生む悲惨な結果となる。

 

 計画では97年度末の固定負債は24兆円というとてつもない金額であり、これ以上の借金の累増を防ぐためには、利払いは借金に頼らずに行うことが必要である。そのためには、結局、この1兆円近くの利払いは一般会計の負担とする以外に方法はない。財政危機の折に、この一般会計の1兆円負担増はきわめて厳しいが、しかし、これを放置しておけば、事業団に借金が溜まるだけであって、状況はますます深刻になり、結局のところ、財政は一層危機的となる。

 

 清算事業団は今年度末で事実上業務を終了することになるが、そのあとは残存する債権・債務の管理のための特別会計を設け、資金の出入りを明確にしていく必要がある。その際、土地や株式などの資産売却代金は元本の償還にあてて少しでも元本を減らし、利子負担の軽減に努めるべきである。売却代金を利払いにあてることは、問題を先送りするだけであり、なんの解決にもならない。

 

 

A 一般会計の財源は、改革の果実の中から

 

 累積債務の処理について、6月3日に閣議決定された財政構造改革会議の「財政構造改革の推進方策」では、

 ・ 自主財源による債務償還

 ・ 財投資金の繰り上げ償還あるいは金利減免

 ・ 相続税軽減等の特典をつけた無利子国債の発行

 ・ 歳出全般の大胆な見直し

 ・ 交通機関利用者全体の負担

 ・ JRによる負担

 ・ 鉄道利用税等の形によるJR利用者の負担

 ・ 揮発油税等道路財源の活用

 ・ 事業団債務の一般会計への付け替え

 ・ 増税による国民負担

といった案が併記され、今後97年中に結論を出すとのことである。

 

 これらのうち、自主財源による債務の完全償還は不可能であるし、財投資金の繰り上げ償還や金利減免も、国全体としての債務を減らすということにはならず、彌縫策に過ぎない。揮発油税などの特定財源を一般財源化して活用すること自体については特に異論はないが、固定化された財源の弾力化という別の問題である。

 

 JR利用税も含め、新たな税をこのために設けることについては問題である。なによりも、この国鉄改革は「増税なき財政再建」という土光臨調の旗のもとに行われたことを忘れるべきではない。

 

 結局、現在の一般会計の中から工面しなければならないことになるが、ここで忘れてはいけないことは、JR各社は民営化後利益を計上し、毎年法人税を支払っていることである。この額は年平均2000億円にものぼり、しかも国鉄時代には毎年6000億円近くつぎ込まれていた補助金がゼロとなったのであるから、あわせて8000億円のゆとりが一般会計には生まれたわけである。この浮いた分こそ国鉄改革の成果であって、もともと、これをこれまでも利払いに充当していれば、いまのように債務が膨らむことにはならなかった。この財政当局の責任を棚上げにして、あらたにJRまたはJRの利用者に税をかけるというのは筋の通らない話である。

 

 また、いまの利用者も過去の投資の便益を受けているのだから、その分を払うのは当然との意見があるが、この意見は、国鉄が分割民営化されたとき、14.5兆円の債務をJR3社が引き受けたことを意図的に忘れている議論である。この14.5兆円の償還は、利用者が日々の運賃のなかで負担しているのである。

 

 また、一部には経営が好調な本州3社がこの償還の一部を担っても当然との意見があるが、民営化したJR各社に国の責任とされた債務処理を担わせるのは筋違いである。そのように政治に影響されるような経営体は民間企業とはいえず、上場の資格はないし、株主の納得も得られないであろう。なによりも、折角芽生えたやる気を経営者や従業員から奪うことになる。民間企業には経営に専念させ、関連企業も含めて企業利潤や給与所得からの税収をできるだけ得るというのが常道である。企業体質の健全化を図り、いずれ避けられない運賃値上げを少しでも遅らせることが、政策の基本におかれるべきである。

 

 過去からの債務が依然として未解決であるのは国の責任であり、まずもって、財政当局の責任である。財政状況が火の車であることは十分承知しているが、財政構造を弾力化して、必要な原資を捻出するのが財政当局の使命である。

 

 なお、財政構造改革会議の案では、利払いと元本償還とをあわせて考えているようであるが、元本償還をすべて一般会計で賄うのは非常に難しい。一般会計の負担は利払いだけとすべきである。国鉄改革の果実が税収増と補助金節減という形で現実に上がっているのであるから、その中から利払いの原資の殆どは確保できるはずである。

 

 

B 元本の返済は国の資産売却で

 

 利払いを毎年の一般会計で賄うとしても、それだけでは元本は減らない。28兆円という巨額な債務残高を減らす努力が必要である。その原資は、株や土地などの売却で賄うことになる。利払いは年々の一般会計から、元本は資産売却でという仕組みが必要である。

 

 もちろん、本州3社の株と土地を売っても、せいぜい5兆円程度にしかならず、20兆円近くが残ることになる。これは、結局は一般会計に繰り入れて国民負担を仰ぐしかない。それを軽減するためにも、国の資産売却を積極的に行うべきである。NTTやJTの株の売却をはじめ、特殊法人の民営化による株式売却益、そのほか国有財産で売却できるすべてのものを動員すべきである。

 

 このほか、国鉄債務だけでなく3.5兆円にのぼる国有林野の債務なども、同時に考える必要がある。さらには、国債もある。こうした長期債務を全部積み上げて、そのうちのどれだけを何年で少なくしていくかという長期計画をたてる必要がある。省庁ごとの縦割りにこだわらず、こうした資産と負債のバランスシートを早急に財政当局は作成する必要がある。

 

 なお、JR東日本の株式のように売れる資産がありながらその売却を遅らせることは、その分債務の返済が遅れ、金利負担は増加する。市場の状況が許す限り、一刻も早く売却すべきである。
 
 
 

C 新たな整備新幹線建設は凍結
 
 

 いつのまにか既成事実化しつつある整備新幹線建設計画は、このように厳しい財政事情のなかでは、白紙に戻すべきである。財政構造改革会議の報告では、計画の遂行については極めて消極的な態度を滲ませているが、この際、全ての新幹線整備計画を抜本的に見直すべきである。

 

 在来線の改良による新幹線直通方式(ミニ新幹線)であれば、地元の地域交通網との両立は可能であり、活性化させることが期待されるが、フル規格となれば新線を敷き直さなくてはならず在来線は撤去せざるをえない。今後の鉄道網とは新幹線中心で骨格を作り、在来線はその枝葉を受持つというコンセンサスが得られているかどうかは、大いに疑問である。在来線を第3セクターなどで残すとしても、その費用負担は地元には非常に厳しいものとなることは、すでに多くの第3セクターの経営が示しているとおりである。さらに、在来線がなくなっていくときに鉄道貨物はどうするのかも問題である。

 

 また、開業後のリース料などについても不透明な部分が多く、はたしてこれをそのままにしておいてJR各社の株式を上場してよいのか、また、上場したあと整備新幹線の経営引き継ぎで株主から反対が出ないかなど、問題点が多く残されている。

 

 これらについての明確な見通しを示さずに、自治体や政治家がフル規格の新幹線建設を唱えるのは極めて無責任だといわざるをえない。

 

 いずれにしても、この未曾有の財政危機の折に、なんのために新幹線を建設し、それを誰の負担で経営するのか、また、新幹線開業にともなう影響にはどのようなものがあるのか、この際、すべてを明らかにしたうえで、今後の方針を決めるべきである。なしくずしで建設に着工し、そのツケを後世代が払わされるというこれまでの愚を繰り返すべきではない。こうした今後の見通しが明らかになり、国民の判断ができるようになるまで、整備新幹線の未着工部分の建設は凍結すべきである。                                                                                                               ■

 
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国鉄改革の仕上げに向かって


 1997年8月5日   (社)行革国民会議民営化研究会

              座長  鈴木 良男 旭リサーチセンター社長

                  竹下  譲 神奈川大学教授

                  竹中 一雄 国民経済研究協会顧問

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                  松原  聡 東洋大学教授

                  宮脇  淳 北海道大学教授

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